以下、自費出版の際に感じた疑問から、出版業界の現状の問題とその背景、および未来について考察する。 (出版体験談についてはこちらを参照)
【私見1】 自費出版業界のビジネスモデルが気になる。それに見合った戦略とは?
企画出版が事業の柱である出版社の収入源は、書籍の売上であると推測できる。対して、自費出版の場合、出版社や媒体(紙/電子)の違いはあるものの、大方の出版社は ①作家からいただく料金(出版費、書店取次代)と、②書籍の売上 の両方が収入源であろうと想像する。そして、作家からいただく額の方が大きいと推測する。だとすれば、自費出版社にとって最大のお客様は作家ということになる。
一般的に、新規顧客よりもリピート客の方が利益率が高い。だとすれば、一度出版した人に次の出版を勧める戦略も考えられるが、どの出版社のHPにも「リピート割引」とか「リピート特典」といった第2弾・3弾をうながす表示が見当たらない。どれも、初めて出版する人に向けて出版の仕組みを伝えるものばかり。とても不思議。もしかすると、自費出版のリピート率はかなり低いのか? それとも、経験者には別の手段でアプローチしているのか? 気になる。
【私見2】 “お客様”を明確に定義していないのではないか?
自費出版を扱う出版社にとっての “お客様” が「作家」と「読者」の両方であることはどの出版社も認識していると思う。しかし、それを区別して対応しているところは少ない。特にHPは、どの出版社も「作家向けコンテンツ」と「読者向けコンテンツ」がごちゃごちゃ。せめて「作家向けページ」と「読者向けページ」は明確に分けて明示すべき。“お客様” を明確に区別していないから説明や対応がぼやけてしまい、読み手が離れていく。
誤解を避けるために付け加えるが、出版社として「作家との関係」と「読者との関係」を分けて考えることを勧めているのではない。出版社の役割は「作家と読者の橋渡し」であり、それぞれを一緒に考えることは重要である。ここで言いたいのは、サービス内容を紹介したり説明する際には “お客様の目線” で書く必要があり、自費出版では(ある意味真逆の)2種類のお客様がいるということ。作家に知らせたい内容と、読者に知らせたい内容が混在していてはとても混乱する。
さらに、作家や読者の中にもいろいろな人がおり、どこをターゲットにするかも重要である。それが曖昧だと戦略にも影響する。その定義次第で戦略が変わる。例えば、以下のような作家のタイプに応じて出版社が提供するサービスは異なるはず。
・作家を職業にしたい人
・夢(ベストセラーで大当たり)を追う人
・自己満足したい人(達成感、自慢)
「出版社としてどれを優先するか/どれが得意か」によって戦略が大きく異なる。「みんなを幸せにする」という理念(将来像)もあり得るが、戦略(当面の目標や優先事項、将来像へ向かうステップ)を考える上では、現時点(ここ数年間)の “みんな” をきちんと定義することが必要。
【私見3】 「本離れ」に関する考察
お客様にタイプがあるように書籍にもタイプがある。書店の書棚やネット通販などのカテゴリー以前に、読み手の目的によって大きく次の2つに分けられると考えている。
①自己実現タイプ:自分の知識や能力(他者からの評価)を高めるためのもの
啓発本、ハウツー本、専門書、解説書 など
②自己満足タイプ:自分が楽しむためのもの
小説、エッセイ、写真集/画集、旅行記 など
あくまでも個人的な感覚だが、自己実現タイプ(代表:啓発本)は、「本離れ」と言われている現在においても比較的売れていると感じている(むしろ “啓発本ブーム” の様相)。一方、自己満足タイプ(代表:小説)は本離れの典型だが、根強いファンは多い。そして、どちらも近年かなり難解になってきていると感じている。
・啓発本:細分化、専門化、高度化
・小説 :重いテーマ、凝った布石、大どんでん返し
これらは、市場を支えてきたファン達を満足させ続けるためには必要なことなのだろうが、その他の一般の人間にとっては難解過ぎて読む気を失わせる。それが本離れの一因。「ちょっと知りたい・調べたい・勉強したい」「手軽に疑似体験したい・追体験したい」と思ったら、今はネットで簡単にできる。わざわざ難解で重い(物理的にも精神的にも)内容の本など買う気にならない。私もその一人。つまり、根強い「本のファン」が本離れの一因とも言える。
とにかく、今の本は難解で重すぎる。その流れに一石を投じるべく書いたのが「ソフトウェアの品質管理 -専門家が教えない大切なこと- 」。同じく「エンジニアを目指す人のための品質コラム」も簡単に読めるものを目指している。また、さらりと読める小説も出版したが、これは全く売れない。完全に作者の “自己満足” の世界。小説はネームバリューが大きく、無名作家の本はほぼ売れない。結果、多くの在庫を抱えることになる。自己満足タイプの出版はPODがよさそう。今度小説を書く機会があれば、PODが有力な候補。
【私見4】 森羅万象の波、進化の本質、出版業界の未来
すべてのもの(こと)は波打っている。常に「発散と収縮」を繰り返し変化している。その典型が生物の進化。新たな種が誕生(環境に適合)すると爆発的に増殖し、競争が激しくなり、生き残るために細分化して特化し、特化し過ぎたために環境の変化に適応できなくなり、適応できた新たな種の誕生によって滅びへと追い込まれる。
産業や技術も「誕生、拡大、特化、衰退」を繰り返す。出版も然り。“情報を伝達する技術” は、口伝 → 印刷物 → 電信 → ラジオ → テレビ → IT(e-mail、Webサイト、SNS)と進化(細分化)してきた。“情報を蓄積する技術” も、口伝 → 文字(本)→ 音声(録音)→ 画像(録画)→ IT(データ蓄積)と、より高度になっている。それでも口伝はまだ残っている。おそらく、人間が存在する限りは無くなることはない。同じように、文字で伝え蓄積する社会・習慣・文化も消えることはないだろう。問題は、規模は間違いなく小さくなるということ。これは、情報の伝達・蓄積手段が多種多様になり細分化されたのだから仕方がない。さらには、社会全体から見れば大きな問題ではない。同じようなことは過去にもあった。例えば、自動車が普及したことで馬車の文化が衰退し、多くの御者が転職を余儀なくされたが、大きな混乱はなかった(一時的には混乱したが)。
とは言え、その産業の当事者からすれば大問題である。出来るだけ衰退スピードを遅らせたいという危機意識は理解できる。あくまでも文字の文化にこだわるなら手はある。一つは、本離れを起こしている原因の一つである「本のファン」をつなぎとめておくこと。つまり、より一層の “特化”である。例えば、「啓発本専門出版社」「推理小説専門出版社」など。高度な特化は、恐竜のように突然滅んでしまう恐れもあるが、人間が文字を使っている限りは完全に滅ぶことはなく、少しずつ少しずつ小さくなるだろう。その間に、他の業界に乗り換えるか、新たな産業を興すかすればよい。その猶予が10年先なのか100年先なのかは分からないが..。もう一つの手段は、徹底したニッチ(隙間)戦略。つまり、急激な特化に置き去りにされた作家や読者に対する手当てをコツコツ続けていくこと。
いずれにしても、「本離れ・活字離れ」の原因はITのせいだけではない。業界をとりまく環境の変化(波)を正しく認識し、作家と読者のタイプ毎の特性やニーズを把握し、ターゲットを明確にして、最適なサービスを提供し続ける必要がある。
以上
コメント