所変われば品変わる・常識も変わる

『所変われば品変わる』とは、「場所によって言語・風習・文化などが違う」という意味のことわざです。元々は地域の違いによる生活習慣の違いを示す言葉ですが、現在は場所の違いだけでなくもっと広い意味で使われます。
このことわざを広く解釈すると、環境や立場など “生きてきた世界” によって “常識” が変わることを示しています。自分の常識と他の人の常識が違うことがあるのです。今回は、「会社や人や環境によって常識が違う」という実例を示します。私の実体験です。

私はこれまで、正社員・アルバイトや合併などを含めると、全部で8回会社が変わっています。規模は、大手と言われる企業から社員数名の会社まで。業種はIT業が中心ですが製造業や広告業も経験しました。そして、会社が変わるたびに言葉や企業文化の違いにとても戸惑いました。そんな中でも、特に衝撃を受けたことを列挙します。
(ここに列挙することはあくまでも私個人の感覚です)

目次
品質文化
セキュリティ文化
顧客  
市場調査
ポートフォリオ
テンプレート
専門性、当たり前 
まとめ 


【文化編】

品質文化

私はこれまで大手と言われるIT企業を2社経験しましたが、その2つの企業(仮にA社、B社とします)で感じた品質文化の違いをあげます。

A社:親会社から子会社まで、品質に関わるプロセス、管理帳票、用語などが統一 … 中央集権型
B社:会社毎や部門毎に、プロセス、管理帳票、用語などを定めている … 地方分権型

この2社の違いを最も感じたのは転勤の時です。どちらの会社でも転勤を数回経験しましたが、それによる影響は会社によってまるで違いました。A社は仕事に慣れるのにそれほど苦労しませんでしたが、B社ではかなり苦労しました。何しろ、管理のやり方や使う帳票が全て違うのですから。
一方、”自分の成長” という面で見てみると、A社では仕事のやり方に何の疑問も感じていませんでしたが、B社では「なぜこんなやり方をするのだろう。こっちの方がいいのでは」と考えるようになりました。つまり、中央集権型は効率的ですが、言われた通りにやればいいので自分であまり考えなかった気がします。一方、地方分散型は非効率ですが、自分で何とかしないといけないので、考えて工夫した結果かなり成長できた気がします。どちらも一長一短あります。

セキュリティ文化

ネット環境についてはどの会社も最低限のセキュリティ対策は行っていましたが、厳しい会社と緩い会社ではそのレベルに雲泥の差があります。やはり、お客様情報が生命線である会社はかなり厳しかったです。

厳しい会社
社外ネット接続禁止。USBポート封鎖。操作ログ収集。携帯電話持込み禁止。入室時の暗唱番号入力など。室内監視カメラで怪しい行動をしていないか監視(記録)もしていました。最初は「ここまでやるか..」とビックリしました。

緩い会社
社外ネットやUSBメモリーなどを使って自由にデータを持ち出すことができる会社がありました。先ほどの “厳しい会社” とは逆の意味でビックリしました。
また、ネットで検索しないと仕事にならない会社もあります。


【用語編】

顧客

「顧客」とはお客様(カスタマー)のことですが、住む世界によって、”どう向き合わなければならない存在なのか” の認識が違っているように感じています。

私は「顧客」という言葉を、ISO9001の “顧客重視” とか “顧客満足” の対象という認識でいましたが、商売の世界では違うようです。
広告関連の会社で仕事をするようになった時、「集客・接客・顧客」という言葉を習いました。たしか「客を集めること・客を買う気にさせること・客を囲い込むこと」と教えていただいたと記憶しています。一般的には、商売の3大施策として「集客・接客・追客」という言葉があるようですが、ここで言う「顧客」と「追客」は同じ意味なのかも知れません。
  ※「集客、接客、追客、顧客」については、記事『顧客、お客様、カスタマー』をご覧ください。

つまり、”顧客” のイメージは住む世界(組織や環境)によって違うのです。
 品質の世界の “顧客” のイメージ 顧みる存在(満足しているか気に掛け、寄り添う存在)
 商売の世界の “顧客” のイメージ
囲い込む存在(より多く購入してもらう存在)

どちらも究極の目的は、多く買っていただいて会社の利益を上げることですが、そのアプローチが大きく違います。
 品質の世界:顧客が満足しているか監視し、分析し、改善する
 商売の世界:目に留めてもらい、興味を引き、買う気にさせる

品質の世界と商売の世界を行ったり来たりしていると、ときどき混乱します。

市場調査

一般的に「市場調査」とは、市場やお客様の動向や欲していることを調べることです。検索するとほぼ全てのサイトがそう解説しています。私もそう思っていました。
しかし、今の仕事で「市場調査」というと、他社がどんな広告を出しているかの調査(すなわち「競合調査」)のことです。「市場調査をお願いします」と言われて、どうやって潜在顧客のニーズを調べるのだろうと興味津々でしたが、作業の実態は他社がどんな広告を出しているかを調べることでした。仕事を始めた頃はとても驚きました。

考えてみれば、市場とは自社とお客様だけが存在する場ではありません。当然、競合他社も存在します。お客様と数多くの会社(製品・サービスを提供する会社)を全部ひっくるめて “市場” でした。
ビジネスで成功するためには「3C」を知ることが必要だと言われています。すなわち、
 顧客(Customer) … 市場や顧客の動向(好みや客層の変化)や社会の変化を知る
 自社(Company) … 自らの保有スキル(強み・弱み)や企業理念を知る(再確認する)
 競合(Competitor) … 他社の保有スキル(強み・弱み)や成長度を知る
これらはすべて市場で生き残るための戦略に関わります。ですので、市場調査の中に競合調査も含まれると考えてもおかしくはないですね。

ポートフォリオ

これは、定年退職後に気がついたことです。それまで私が知っていた「ポートフォリオ」は、正確には「ポートフォリオ分析」のことでした。「ポートフォリオ」と「ポートフォリオ分析」は別物と考えた方がいいです。

ポートフォリオ
実力を見せるもの。クリエイターであれば作品集、再就職先探しであれば実務経験一覧、投資家であれば保有金融商品一覧です。クリエーターと投資家が「ポートフォリオの話をしよう」と言っても話が噛み合わないかも知れません。

ポートフォリオ分析
経営分析手法です。企業の実力を示すものなので上述の「ポートフォリオ」と出所は同じですが、2次元のグラフを用いるという具体的な手法のことを示します。特に、「プロダクト・ポートフォリオ・マネジメント(通称PPM)」は、”問題児” , “花形” , “負け犬” , “金の成る木” というワードで有名です。気になる方は検索してみてください。

会社員になろうとしている人は、入社の前と後で(特に出世するにつれて)、”ポートフォリオ” の意味が変わるので注意してください。

「第五七回 ポートフォリオ分析」補足資料

テンプレート

最近、クラウドソーシングに興味があっていろいろ調べていますが、その中で気がついたことです。
EXCEL(Googleスプレッドシートを含む)の作成依頼の中に、ときどき「テンプレートを作ってください」という依頼があります。それを見るたびにいつも違和感を感じています。

テンプレートとはもともと製図用具のことで、薄い金属板やプラスチック版に文字や図形の形がくり抜いてあり、そこにペンを差し込んでなぞることで決まった形を描く道具です。それが転じて、文書を作る際の書式や雛形などをテンプレートということがあります。ですので、私は “テンプレート” や “テンプレ” と聞くと「決まった形で入力させるもの」と感じてしまいます。つまり、「EXCEL(及びスプレッドシート)のテンプレートを作ってください」という文言を見ると、入力シートをイメージしてしまい「集計シートはいらないの?」とつい思ってしまうのです。実際はそんなことはなく、入力シートと集計シートをセットにした “管理表” を依頼しているのだということは容易に想像できるのですが、見たり聞いたりした瞬間はとても違和感を感じます。

ちなみに、EXCEL関係の仕事の依頼は、大きく分けると ①シートに入力してください ②シートを作ってください ③マクロ(VBAやGAS)を作ってください の3つに分かれます。①の依頼は分かり易いのですが、ときどき②なのか③なのか分からない依頼があります。EXCELに詳しくない方がそのような依頼をすることは仕方がないことであり、依頼を受ける側が依頼の意図を汲み取るか、逆に提案することも必要だと思います。しかし、それには仕事を受ける側に要求分析スキルが必要となり、これができるようになるにはかなり熟練を要します。これはEXCELに限らずあらゆる分野に関係するとても重要なテーマですが、別の機会にお話しします。

専門性当たり前

これもクラウドソーシングでの実体験です。

初めて仕事を受けて作業を始めようとした矢先に、突然、契約終了を宣告されました。作業手順書に曖昧な表現があり、どうするかによって作業結果が変わる可能性があるので依頼主に確認しようとしたのですが、それが逆鱗に触れたようです。どうやら雇い主は、《あらかじめ手順書をしっかりと理解してシミュレーションして、完璧に作業ができるようになってから応募するのが当たり前。後で聞くことは許されない》と考えているようで、契約後にこちらが確認した時点で業務遂行不可能と判断されたようです。私はこれまで、《お客様と事前にどんなに詳細に詰めても必ず認識の齟齬はあるから、作業の途中で少しでも疑問を感じたらすぐに確認しなければならない(そうしないと仕事にならない)世界》で働いてきたので、まったく違う世界に非常に驚きました。「クラウドソーシングの世界はそういうものなの? そうなら自分が過ごしてきた世界と全く違う.. リスクと対価が釣り合わないな.. 関わらない方がいいかも..」と思い始めています。
それよりも、品質の世界の人間としては、”手順書の解釈によって納品物の内容が変わる” ことの方が心配です。「この仕事の品質、大丈夫?」と思っています。

その後公開された私への評価を見ると、「実際に該当ECサイトを利用していればわかることが前提でしたが、それも把握できておらず、めちゃめちゃでした」とひどい言われようでした。前提? そんなこと募集内容に書かれてないけど..
仕事内容に書かれていた応募要件らしいことは、「専門性は一切必要ありません」「Excel歴最低1年以上」「Amazonを利用されること」だけです。「それなら出来る」と判断して応募したのですが、募集主の意図をつかみきれていませんでした。この募集主が考える “専門性” と、こちらがイメージする “専門性” との間にかなりのギャップがあるのだと思います。おそらくこの人は、「Amazonを使っていればECサイトに詳しくて当たり前だから専門性のある仕事ではない」と考えているのだと思います。私は「Amazonは、商品の機能や寸法や相場価格を調べるのに使っているだけで購入に使ったことはない」とはっきり伝えていたのですけどね.. 私にとっては専門性ガチガチの仕事でした。

「専門性がある/ない」や「簡単な仕事/難しい仕事」は人それぞれ感じ方が違います。お仕事を探している人は、「専門性のない仕事」や「簡単な仕事」という言葉を鵜呑みにしないように気をつけましょう。また、スキルのない人が応募してきて困っている募集主は、応募要件として “求めるスキル” を明確に記載しましょう。

(余談)
上記の「テンプレート」と「専門性」の話題は、最近始めたクラウドソーシングの体験です。
クラウドソーシングは品質コラムのネタの宝庫です。募集内容を見ていると、「こういう仕事もあるのか」「この仕事の品質特性は何だろう?」「この募集主が解決したいことは何?」「この人はここを誤解しているな」「こう書けばいいのに」と思うことが沢山あります。とても刺激があって勉強になります。仕事探しよりも面白いかも。

まとめ
以上、「会社や人や環境によって常識が違う」ことの実例でした。
本当に “常識” は会社や人や環境によって違います。自分が “当たり前” だと思っていることが、他の人の常識とまったく違うことがよくあります。特に会社では、上司や部下との間の “常識” のギャップで苦しむことが多々あります。よく「ジェネレーションギャップ」と言われますが、企業間の「カルチャーギャップ」や個人同士の「価値観ギャップ」の方がより深刻で影響が大きいと思います。
「こんなこと出来て当たり前だ!」と無理難題を押し付ける上司もいます。特に仕事が出来る人にその傾向があります。「自分が出来るから他の人も出来て当たり前」と思うのでしょう。また、こちらが当たり前だと思っていることが出来ない部下もいます。怠けているわけではありません。資質的にできない(向いていない)人がいるのです。
このような人たちとどう付き合うかは難しい問題ですが、少なくとも「自分の常識とは違う考えや資質の人がいる」ということは認識しておきましょう。後は違いの確認とすり合わせです。互いの “当たり前” の違い、言葉の定義、優先順位などを十分確認しましょう。これは、根気強さと人間関係にかなり影響を受けます。ですので、ビジネスにおいて「お客様との関係」「上司・部下の関係」「取引先との関係」が特に重要視されているのです。その点、クラウドソーシングの世界はその環境作りの面でかなりのハンデを負っていると言えます。

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