今回は、過去記事に関する話題です。
2026年1月16日、NHKの「チコちゃんに𠮟られる」を観ました。その中でこんな問いかけがありました。
「なぜ茶柱が立つと縁起がいいと言うようになったの?」
皆さんは考えたことがありますか? ボーッと生きてるとチコちゃんに叱られますよ!
答えは「番茶を売りたかったから」
番組の内容はともかく、今回のコラムでは『縁起がいい』ということについて考えてみたいと思います。
皆さんは、『縁起(えんぎ)がいい』と聞いてどう感じますか? 多くの人は「何か良いことが起こりそう」「運が向いてきそう」などというように、『何か良いことが起こる前触れや兆し』のように感じるのではないでしょうか?
これは、茶柱が立ったという “原因” と、良いことが起きるかも知れないという “結果” であり、且つ、科学的根拠を伴わない神秘的なニュアンスを含んでいます。
このように、一般的に『縁起がいいこと』は “良い事を起こす神懸かり的なもの” という意味で用いられています。初詣で縁起物を買ったり、おせち料理の縁起物を食べたりしますね。
これについて、過去にアップした幾つかの記事に関係することに気がつきました。
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「茶柱が立つと良いことが起きる」とはどういうことでしょうか? 科学的な理由ではなく、因果関係のことです。
仮説1:茶柱が立つと何らかの作用によって良いことが起きる。つまり、茶柱が原因で、良いことが結果。
仮説2:何か(例えば前世で良いことをしたこと)によって不思議なこと(①:茶柱が立つ、②:良いこと)が起きる。つまり、前世の行いが原因で、茶柱と “良いこと” は共にその結果。
過去記事『データにだまされるな(1) 因果関係』参照
おそらく、多くの人は仮説1のようなイメージを持っているのではないでしょうか? 少し仏教を知っている人なら仮説2をイメージしているかも知れませんね。科学的根拠はないので、どっちでもいいのですが..
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【縁起】の語源は仏教用語の【因縁生起】という言葉です。意味は、「すべての物事は原因と条件によって生まれるものであり、それ単独で存在するものは何一つない」という宇宙の法則(真理)のことです。法則(真理)なので、良いも悪いもありません。したがって「縁起がいいもの」も「縁起でもないこと」も、本来はないのです。
どうやら、縁起と因縁が混同して世の中に広まっているようです。【因縁】とは「すべてのことには原因がある」という意味です。”因” は直接的な原因、”縁” は外部条件のことらしいです。原因によっては良いことも悪いことも起きるので、良い因縁や悪い因縁もあります。
ちなみに、「袖振り合うも多生の縁」ということわざの “縁” も同じものです。「多生」とは生まれ変わりのこと。「何回もの生まり変わり(因)の中で、たまたま同じ時間に出会った(縁)なのだから、互いに敬いましょう」という教えです。
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原因と結果には、「時間的な関係」と「空間的な関係」の2つがあります。
過去記事『仏教と品質の共通点|諸行無常、因縁』参照
この記事の中で、「時間的関係が仏教でいう《因縁》の “因” 、空間的関係が “縁” 」と書きましたが、これは私の勝手な解釈(心がけ)であり、正確には
「”因” が原因、”縁” が条件。すべての物事は因縁(原因と条件)によって生じる」
というのが正しいようです。
因果関係を考える際、視点がどうしても “時間的関係” に偏ってしまう傾向があります。「こうしたから(過去)、こうなった(現在)」と直接的に考えがちなのです。しかし、実際には[原因-結果]の関係はとても複雑です。現象を時系列に並べただけの “時間的関係” を分析しただけでは深い分析はできません。
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私は、失敗の原因を分析するとき「状況、心理、行動」の3つを意識することを心掛けています。
過去記事『失敗の原因(状況、心理、行動)』参照
これは、思考が “時間的関係” に偏るのを防いで、複雑な条件を整理するための工夫です。複雑な条件の代表的なものが「状況、心理、行動」の3つです。これを “空間的な関係” と表現したのです。
皆さんも、原因分析(なぜなぜ分析)の際には次のことを心掛けましょう。
因果関係(現象を時間で並べる “時間的関係” )だけでなく、状況、心理、行動などの条件( “空間的関係” )も考える。つまり、因縁を意識する。
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そんなことを、テレビを観ながら考えていました。
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