2024年の年末にNHKスペシャル『量子もつれ アインシュタイン最後の謎』という番組がありました。”量子もつれ” という言葉は昔から聞いたことがありましたが、何のことなのか知らなかったので興味があり、録画しておいて年が明けてから見ました。とても面白い内容で、何度か見返しています。「量子もつれ」の説明はとても難解で未だに理解できていませんが、その謎に挑んだ科学者たちの苦労と工夫がとても面白くて楽しめました。
『量子』とは、粒子と波の両方の性質を持つ非常に小さなもの(物質またはエネルギー)のことです。例えば、皆さんもよく知っている電子、陽子、中性子なども量子の一つです。量子の世界は、我々が感じている物理法則(ニュートン力学など)とは全く異なる法則である「量子力学」によって支配されています。その奇妙な現象のひとつが「量子もつれ」です。
20世紀初め、量子のふるまいを示す理論として波動方程式が提唱されました。しかし、アインシュタインなど多くの研究者がこれに異を唱えました。なぜかというと、この波動方程式が正しいとすると「どんなに遠く離れていても一方の量子が変化すると他の量子も変化する(シンクロする)」という奇妙な現象(これが「量子もつれ」)が起こることになるからです。アインシュタインの「相対性理論」によれば光より早いものは存在しないので、この方程式は間違っている、という主張です。
長年、量子もつれは机上の空論であり確かめることは不可能と思われてきましたが、1964年にこれを確かめる理論(ベルの不等式)が発表され、1969年にそれが実験で確かめられました。この実験には不確定要素があり完璧なものではありませんでしたが、工夫と改良が重ねられて1982年に完全に量子もつれの存在が証明されました。2022年のノーベル物理学賞の受賞者は、これらの実験を主導した3人の物理学者です。
量子もつれが存在することは今や常識となっており、それを利用した技術も確立されつつあります。例えば、量子コンピューター、量子通信、量子暗号などです。
物理学の世界は、大きく「理論物理学」と「実験物理学」の2つに分かれます。物理学の発展には、”理論” と “実験” の両方が必要です。物理学と聞くと、とかく、アインシュタインや湯川秀樹博士のように理論を唱えた人ばかりに目がいきがちですが、理論は証明されなければ机上の空論に過ぎません。理論の証明には地道な実験の積み重ねが不可欠です。その意味で、2022年のノーベル物理学賞は “実験” の重要性に目が向けられた出来事だったと思います。
「理論と実験」は、言い換えれば「仮説と検証」です。品質の世界にも「仮説と検証」があります。例えば、原因分析は「仮説と検証(※)」の繰り返しです。発見した法則や思いついた仮説を主張するだけでなく、それが正しいことを証明することも必要なのです。
※ 仮説と検証については、過去の記事「データにだまされるな(1)因果関係」に関連する情報があります。
物理学の実験と原因分析の検証は少し違います。実験は「試してみる(実行する)」ことが中心ですが、原因分析の検証は「他のデータ(過去の実行記録)を探す」ことが中心になります。このような違いはありますが、どちらも共通して次のことが言えます。
「頭の中で考えたことが本当に正しいか、確認する必要がある」
また、理論物理学と実験物理学は、いわば「考える物理学」と「行動する物理学」です。この「考える vs 行動する」は、品質の世界にもあります。例えば「計画 vs 実行」です。
計画は、作っても実行しなければ意味がありません。計画書は実行しなければただの紙切れです。また、実行しても計画通りに出来たかを確認しなければ計画した意味がありません。実行結果を検証して、予定通りに出来たことが確認できて初めて「計画に問題がなかった」と言えるのです。「計画しっぱなし」「実行しっぱなし」はダメです。「結果の確認」まできちんとやりましょう。PDCAのC(Check)が重要です。(過去記事「PDCAの誤解2(時間がかかる?)」参照)
理論 → 実験 → 理論 → 実験・・・
仮説 → 検証 → 仮説 → 検証・・・
計画→実行→確認→計画→実行→確認・・・
これらを繰り返してモノゴトは進歩するのです。
さらに、品質の世界においては、不良品や問題が起きた時の対処として次の3つが必要です。
①修正する
②再発しないように対策する
③再発していないことを確認する
①は当たり前ですが、②③も重要です。とかく軽視されがちですので注意してください。特に③も忘れないでください。PDCAで言うと、②がP・Dで、③がCです。実行したことが適切だったか必ず確認しましょう。ISO9001においても、実行した処置(②のこと)の有効性のレビュー(③のこと)が明確に求められています。
— 余談 —
量子もつれが起こる理由はまだ解明されていません。
NHKスペシャルでは、それを説明する理論のひとつとして「ホログラム理論」というものを紹介していました。これは、「この世界の現象は別の世界の現象をホログラムのように投影したものであり、投影元の世界は量子もつれの集まりである」という理論です。なので量子の情報は別世界を経由することで瞬時に(高速を超えて)情報が伝わる、と私は理解しました。真偽はともかく、「この世界をとりまく別世界」という話は、過去記事「仏教に興味を持ったきっかけ」で紹介した『百億の昼と千億の夜』を思い出させました。
また、量子力学の奇妙な現象に「状態の重ね合わせ」というものがあります。これは「量子の世界では異なる状態が重なり合って存在する」というものです。この話はシュレディンガーの猫(箱の中の一匹の猫が生きている状態と死んでいる状態で併存している)というパラドックスで有名ですが、実はこの奇妙な現象が量子コンピューターなどの基礎原理になっています。
この「重ね合わせ」は、仏教の『空(くう)』を思い起こさせます。般若心経の一節「色即是空 空即是色」の “空” です。”空” は実体がないもの、”色” は実体があるものと解釈できるので、この一節を訳すと「実体があるものは実体がなく、実体がないものは実体がある」となります。まさに量子の重ね合わせですね。
さらに、「色即是空 空即是色」の〈空〉を〈量子〉に変えて意訳すると、次のように解釈することができます。
物質(実体があるもの)は量子(実態がないもの)から成り、
量子(実態がないもの)から物質(実体があるもの)が生まれる。
※ 「実体」と「実態」を使い分けています。
これは、まさに量子力学の世界です。
ちなみに、実は “空” とは「無」という意味ではなく「有無」を超越した概念らしいです。ここまでいくと、凡人の私には理解がおよびません。”空” を理解することが “悟り” につながるようです。
“悟り” については、過去記事「プチ悟り、プチ修行、プチ出家」に関連情報がありますので、こちらもご覧ください。
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