「政治の世界」と「品質の世界」

おととい(2026年1月23日)、衆議院が解散しました。
今回は、政治と品質の話をしたいと思います。

社会人になった頃、職場の先輩から「酒の席では、政治・宗教・プロ野球の話はするな」と教えられました。この3つは個人の価値観の影響を強く受け、互いに絶対に譲れない状況を作って場を壊してしまいがちだからです。このブログでも努めてこの3つの話題は避けてきましたが、今回は敢えて政治の話に触れたいと思います。政治批判や固有の政党への支持表明ではありません。品質の世界からみて政治の世界に対して「何これ? 何か変」と感じていることです。
ちなみに、本ブログでは過去に何回か仏教の話を取り上げてきましたが、宗教としてではなく哲学として興味があるからです。ですので宗教として仏教を勧めたり勧誘したりしたことはありません。

品質の世界から見たときの政治の世界に対する違和感を4つ挙げます。
2026年2月8日が投票日ですが、若い人に少しでも政治に興味を持ってもらえたらと思います。

1.保守・革新
政党の話題が出ると、必ず「保守」「革新(リベラル)」が出てきます。今回は他に「中道」というのも話題になっていますね。この「保守・革新」が、品質の世界から見てしっくりしません。
品質の世界では「保守」というとメンテナンスのことですが、それは置いておいて「保守系/革新系」「保守的/革新的」という意味で考えてみます。
品質の世界において、「保守・革新」は次のようなイメージですね。
「保守」: 変化を避ける。それまでのやり方を踏襲する。
「革新」: 変化を求める。新たなやり方を取り入れる。
一方、政治の世界では、与党である自民党は保守政党であり、多くの野党は革新政党です。しかし、政府与党が打ち出す新たな法案(改革案)に対して、ほとんどの野党は反対しています。まるで、革新的である政府与党に対して、野党が保守に徹しているようです。品質の世界と真逆ですね。
政治の世界の「保守・革新」は政治思想の違いを表し、品質の世界の「保守・革新」は手法・アプローチの違いを表しているものなので意味が全く違うのですが、同じ言葉なので真逆に捉えてしまい強烈な違和感を感じるのだと思います。

品質の世界のQA(Quality Assurance)は「保守」に近いものです。手順を守ることで品質を保証することなので保守的な取り組みです。また、QC(Quality Control)ストーリーは品質改善の取組みなので革新的な取り組みです。それらを包含した上位概念にQM(Quality Management)があります。これが、政治の世界の「中道」に近いかも知れません。しかし、中道は保守・革新のバランス、QMは保守・革新を包含する上位概念なので、性質が全く違います。
 QCとQMについては記事『いろいろな「品質」、2つの「品質管理」』参照

2.三権分立
立法」「行政」「司法」の3権です。学校で習いましたね。
法律を作る権力法律を実行する権力法律に照らして裁く権力、の3つを分けることです。権力の集中を防いで暴走を抑えるとても良い考え方だと思います。

経営の世界でも、事業部制や分社化を進めて権限を分散することがよくあります。しかし、権限の分散は「方向性の不整合」「意思決定の遅れ」「リソースの硬直化」などを招くことがあります。そのため、一度分散した組織を再統合する動きもあります。私が従事していたIT業界も、30~40年前は地方に子会社を乱立していましたが、その後は逆に合併が進んで大都市に集約されています。組織は分化(分散)と統合(集中)を繰り返すのです。
 (記事『すべては波で動いている』参照)

ここで、改めて日本の三権分立をみてみると、少々違和感があります。
日本の最高立法機関は国会です。一方、行政のトップである内閣総理大臣は国会で選出されます。国会の解散権は総理大臣にあります。最高裁判所の判事は内閣が指名します。そして、国会は事実上与党が支配しています。このように、立法も行政も司法も、トップは与党によって支配されているのです。もちろん、逆の権限(内閣不信任案、最高裁判事の国民審査など)もありますが、行使されたことをあまり見たことがありません。日本の政治は与党によって支配されていると言ってもよいでしょう。

唯一、権力に「No」を突き付けたのを見たことがあるのは、衆議院選挙で与党が大敗して政権が交代した時だけです。今の日本で、権力者に「No」を突き付けられる最大の場は選挙です。また、明確に「Yes」の意思を表明できるのも選挙です。次の選挙では、それをよく考えて臨んでください。
現政権の政策は適切で動きが速い  → Yes(信任)
現政権の政策は愚策で暴走している → No(不信任)

3.小選挙区
国会は、国の政策を担う法律制定の機関です。ですので国会議員は国の政策について考える人たちのはずです。それなのに、なぜ小選挙区制で地方から選ぶのでしょうか?
「地方の意見を国の政策に活かすため」とされていますが、それは行政レベルで行う(地方自治体から中央省庁へ上げる)ことだと考えます。自治体には自治体の議会があり、各地方の問題は地方で議論されます。それと同じ様に、国会は国レベルの問題を議論する場であり、国会議員は地方の事情に左右されずに選ばれるべきだと思うのです。

何を議論する場なのか? 何をする組織・機関なのか? 品質の世界では、個人や組織が今どういう立場にあるのかを常に意識していることが大切です。立場によって、発言内容や行動を変える必要があるからです。

地域の代表として国会議員を選出するから、利益誘導が起きて「政治と金の問題」が起きるのだと思っています。地元の人気を集めて当選するために、当選すると地元に利益を誘導することを優先する → その結果、国政が疎かになっている、と懸念しています。「小選挙区を止めて比例代表だけにしろ」と言っているのではありません。比例代表は人気取りのためにタレント候補ばかりになる危険があります。
国会議員が地元の利益に関われなくすればよいのです。警察官は自分に関わる事件の捜査に関わることができないと聞きます。それと同じ様な仕組みを国会議員にも設ければ良いのではないでしょうか?

4.国防に対する議論
2025年11月7日 の衆議院予算委員会での高市総理の発言が多方面で物議を醸しています。「台湾が武力攻撃を受けた場合、それは日本の存立危機事態になり得る」という発言に対して中国が猛反発しました。この高市総理の発言に対して報道番組やSNSでは肯定派と否定派が連日バトルを繰り広げています。(最近は少し下火になったようですが)

肯定派の主張は、「日本として言うべきことは言うべき
否定派の主張は、「戦争になりかねないから刺激するな

実は、この2つは相反することではなく両立が可能なことだと思っています。目指したいことは、「争いを避けつつも言うべきことは言う」ではないでしょうか。その点、現在の高市内閣は2026年1月25日の時点でとてもよくやっていると個人的には感じています。

このようなバトルを見るたびに思います。
 「なぜ相手の立場で考えられないのか?」
 「本当に自分事として考えているのか?」

肯定派と否定派の言い分を極端に言うと、
肯定派が言いたいことは「日本を守れ」です。「戦争をしろ」と言っているわけではありません。
否定派が言いたいことは「戦争を起こすな」です。「国を守らなくていい」と言っているわけではありません。
相反することではないのに、なぜこれほどいがみ合うのでしょうか?

肯定派の人に問いたい
もし戦争になったらどうしますか?
戦場に出て戦う覚悟はありますか? 自衛隊がいるから自分は戦わなくてもいいと思っていませんか? もし戦争になれば、そんなことは言っていられません。ウクライナの若者たちのように。

否定派の人に問いたい
もし戦争になったらどうしますか?
家族や財産を奪われてもいいですか? されるがまま黙って受け入れますか? スイスが永世中立国宣言をしているのは、戦わないという意味ではありません。他国に頼らずに祖国は自分たちで守るという覚悟です。

議論(バトル)が始まった時、必ずしも相反する主張で戦っているとは限りません。感情に任せて反発していることがよくあります。よく話し合えば、WinWinにつながる良い案が出てくることもあります。

品質の世界でも、相手の立場で考えることや、自分の事として考えることは極めて重要です。例えば、クレームがあった時に、お客様の立場になって「何を困っているのか」を考えることが大切です。自分の言いたいことは一旦保留して、まずはお客様の主張をよく確かめて、双方にとって最適な行動をとることが大切です。
 (過去記事『受講報告(顧客価値経営コンセプト)』参照)


以上、政治と品質の相違点や共通点についてお話しました。これをきっかけに、少しでも政治に興味を持ってもらい、多くの人が選挙にいくようになることを願っています。

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