前回の記事『メリットとデメリットをちゃんと考えよう』では、マイナ保険証を題材にメリットとデメリットについて述べた後、最後に次の言葉で締めました。
「モノ造りや商売でも同じです。取って付けたようなメリットばかり並べるのではなく、デメリットや弱点なども含めた全てを提示して、総合的に判断してもらうという姿勢が大切なのではないでしょうか?」
これは、広告企業で仕事をしている時、「買おうとしている人に敢えてデメリットを言う必要はない」と言われてからずっと悶々としていたことが背景にあります。
BtoBでは取引先に新しい提案を行う時には相手の状況に合致した提案をするのが常識ですが、その際には提案する製品・サービスのメリットとデメリットを整理して提示し、相手の判断を仰ぐのが当たり前だと思っていました。利点と欠点をすべて提示しないと相手にしてもらえないこともあります。メリットとデメリットを明らかにすることは、製品・サービスを提供する側の義務だと思っていたのです。
ところが、BtoCの世界ではその常識が当てはまらないことを知って愕然としました。CMやチラシはどれを見てもメリットだらけです。いかにしてメリットをアピールするかに力を注いでいます。まるで、「メリットを並べておけば買ってくれる。敢えてデメリットを言う必要はない」と思っているかのようです。 (記事『チラシの品質(学習報告)』参照)
BtoCでは提供する側はメリットしか提示しません。デメリットは、購入する側が推測したり調べたりする必要があるのです。デメリットで満足が得られなかったとしても買った人の自己責任という発想です。(結局、売れないという報いを受けることになるのですが)

企業相手と一般消費者相手で、こんなにも大きな違いがあることに悶々としていました。
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そんな時、NHKの「ブラタモリ」 という番組を見ました。
「ブラタモリ」とはタレントのタモリ氏が全国の街をブラブラしながら地形や歴史や文化を深く考える番組で、私は昔からこの番組のファンです。タモリさんの豊富な知識と深い洞察力、ユーモアに富んだ表現力には毎回驚かせられます。
2025年12月6日(土)のタイトルは、「豊臣と近江八幡▼最先端の商業都市!激動の時代が生んだ近江商人」でした。
私は、かなり前に近江商人を題材にした時代小説を読んでとても面白かった記憶がありましたが、今回番組を見て改めて興味をそそられました。悶々としていたBtoCの在り方について、一つの答えが見えた気がしたからです。
近江商人とは、豊臣秀吉の時代に琵琶湖の東側(今の近江八幡市など)を中心に発展した商人達のことで、独特の家訓を持っています。各家によって表現は様々ですが、それを総称する表現として『三方よし』という言葉が有名です。

売る側だけが良くてはダメ。買う側も良くなければならない。さらに、世の中全体が良くなることが必要、すなわち「売り手よし、買い手よし、世間よし」=《三方よし》です。
先ほどのCMやチラシのように、「メリットを並べておけば買ってくれる。敢えてデメリットを言う必要はない」という商売はしない、という教えです。
番組の中では、西川家(某寝具メーカーの創業家)の家訓を紹介していました。
あきないではすべての商品をよく吟味し、少ない利益で手広く販売し、
たとえ品不足となった時でも決して余分な利益をいただかないこと。
世間の皆さんが困るようなことをしてはならない。
この「世間の皆さんが困るようなことをしてはならない」というのが “三方よし” の神髄だと思います。
《参考図書》
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実は、この「三方よし」の精神は、ISO9001や経営品質においても重要な考え方です。
ISO9001との関係
ISO9001:2015の制定と同時に、その基盤となる7つの基本的な考え方が整理され示されています。その中で、品質マネジメントシステムの根幹的な考え方として、顧客(買い手)のみならず、従業員、パートナー企業も重視しなければならないと示しています。また、原則にはありませんが社会貢献を意図した記述も条文に中に見受けられます。

会社の存在意義は、利益を追求することだけでなく、お客様の満足、下請業者も含めた働く人々の満足、社会の満足(社会への貢献)である。ISO9001はそう言っているのです。
経営品質との関係
経営品質は、5つの取組みと1つの成果という構造になっています。5つの取組みの中心にあるのが「ありたい姿」で、この中には「社会的責任」があります。

私が経営品質を勉強していた頃は、「社会的責任、社会貢献」と聞くと “地域イベント” や “ボランティア” などの特別な取り組みのことだと思っていましたが、実はそうではなく、それも含めて、”世の中のためになること” というのが本来の姿なのだと今は考えています。
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ここまで書くと、売る側(提供する側)に対する戒めのように聞こえるかも知れませんが、実は買う側(受け取る側)ももっと賢くなる必要があると思っています。それを教えてくれたのが「暇と退屈の倫理学」という本です。
この本では、「現在は、満足できずに退屈している消費者に、供給者が欲望を植え付けている。退屈から逃れるためには、提供されたものをきちんと受け取る必要がある」と説いています。
(記事『暇と退屈の倫理学を読んでみた』参照)

CMやチラシに一方的に振り回されていては、永遠に満足は得られず退屈な日々を過ごすことになります。退屈から逃れるためには、その商品をよく知り、使いこなし、堪能することが必要です。つまり “勉強” です。学校の勉強のことではなく、自分で考えることです。良く考えたうえで決断し、受取り、考えて使うことが必要だと思っています。
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さらに、売る側に対する感謝の気持ちを忘れてはいけません。売る側(生産者)と買う側(消費者)に上下関係はありません。お客様は神様ではなく、店員は奴隷ではありません。「買っていただく」と「売っていただく」という双方の信頼と感謝の念があって取引きが成り立っているのです。(記事『顧客、お客様、カスタマー』参照)
買い手と売り手の双方が幸せになり、さらに社会全体の幸せに貢献する。それが近江商人の「売り手よし、買い手よし、世間よし」の精神です。この言葉は、商人に対する戒めだけでなく、社会全体に向けた教えだと思っています。
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