今回は、物理学と数学が、品質の世界とも大きく関わっているということについてお話します。と言っても、「物理学の理論や数学の公式を品質管理に取り入れよう」ということではありません。「品質の世界では、物理学的な考え方と数学的な考え方の両方が重要だ」ということです。
2027年3月18日、NHKで《笑わない数学:ヤン-ミルズ理論と質量ギャップ問題》をやっていました。以下、その内容の概略と、そこで私が思ったことを書きます。
ヤン-ミルズ理論は、物質の究極的な根源を探る現代物理学の最重要理論ですが、同時に100万ドルの懸賞金が掛けられている現代数学における最も重要な未解決問題の1つです。物理学の理論が、なぜ数学の未解決問題となっているのでしょうか?
ヤン-ミルズ理論は、素粒子*の動きを説明する理論です。
*素粒子とは、物質を構成する最小単位。例えば、陽子や中性子の元であるクォークや、電子、ニュートリノなど。
この理論で示されている数式は、とても難解(私も理解不能)であり本ブログの主旨ではないので説明を割愛しますが、とにかく、その数式の計算結果は実際の実験結果と驚くほど一致しているのだそうです。
しかし、その数式は、数学者にとってはあり得ない(計算不能*)なものなのだそうです。
* すべての可能性を積分する … 無限に積分? なんのこっちゃ)
つまり、100万ドルの懸賞金が掛けられている数学の「ヤン-ミルズ理論問題」とは、物理学の「ヤン-ミルズ理論」を数学的に証明すること(説明すること)なのです。
ややこしいですね。ですが、物理学と数学の違いを理解すると、どういうことか分かります。
それぞれの学問のアプローチの仕方を比較してみます。
物理学
自然界の現象がどのような法則で動いているかを突き止める学問です。
予測(理論)を立てて、実験・観測を行い、それが正しいかを確かめます。
その際、もっとも重要なことは “現象と一致すること” です。
数学
数や図形など “抽象的な概念” の、論理的な関係を追究する学問です。
公理(あらかじめ決めたルール)から矛盾がないように論理を積み上げて証明します。
その際、もっとも重要なことは “論理の正しさ” です。

物理学の「自然界の現象がどのような法則で動いているかを突き止める」はイメージしやすと思いますが、数学の「”抽象的な概念” の論理的な関係」は分かりにくいと思うので少し補足します。
例えば幾何学で考えてみましょう。幾何学の定理は、すべて次の5つの公理から始まっています。
1.任意の2つの点を結ぶ直線を引くことができる
2.有限な直線は無限に延長できる
3.任意の点と半径で円を描くことができる
4.すべての直角は互いに等しい
5.ある直線と、その上にない1点を通って元の直線と交わらない直線は、1本だけ引ける
《三角形の内角の和は180度》という性質も、この5つの公理から証明できます。ところが、公理5が変わると幾何学そのものが変わってきます。
「1本だけ引ける」を「1本も引けない」に変えても全体的に整合が取れた世界が出来ます。これが(閉じた)非ユークリッド幾何学です。地球の様な球体の世界です。地球儀の上に大きな三角形を書いてみてください。内角の和は180度より大きくなるはずです。
逆に、「1本だけ引ける」を「無数に引ける」に変えてもまた別の世界が出来ます。これも非ユークリッド幾何学(開いた)です。例えば、ブラックホールなど巨大な重力源を取り囲む三角形は空間が曲がるので内角の和は180度より小さくなります。
このように、公理が変わるとそれによって積み上げられる世界が変わります。これが数学の世界です。
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話を元にもどします。
物理学は、どのような法則で動いているかを突き止める学問なので、【帰納的思考】の学問です。
数学は、論理を積み上げていくので、【演繹的思考】の学問です。
(帰納的思考と演繹的思考については、記事『データにだまされるな(1) 因果関係』参照)
つまり、物理学と数学は考えるときの方向が違うのです。「現象から法則を求めるのが物理学」、「ルールを積み上げた結果を求めるのが数学」です。共通しているのは「式」を用いること。
逆に言うと、「物理学はルールに縛られない」、「数学は現象に縛られない」と言えます。
これを [笑わない数学] では、「物理学者曰く、数学者って現象に縛られないからチョー自由でいいなぁ!」「数学者曰く、物理学者ってルールに縛られないからメッチャ自由でいいなぁ!」と言っています。要するに縛られるものと縛られないものが逆なのです。
物理学の “奇抜さ” と数学の “理詰め” は、漫才のボケとツッコミのようです。
物理学が「こんな不思議なことが起きたんだよ!」と突拍子もないボケをかまし、数学が「いや、それは論理的に言うとこういうことだろ!」と厳密に正していく。この掛け合いで物理学と数学が共に発展していき、宇宙の真理が解き明されていくのです。
数学の「ヤン-ミルズ理論問題」は、物理学者が言い出した奇抜なアイディアを数学の理詰めで強固なものにすることが狙いだったのです。また、無理難題を解決する過程で、数学の新たな分野が広がることも期待されています。微分積分学のように。(記事「定義中毒に気をつけよう!」参照)
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品質の世界にも、今回のことから学ぶことがあります。代表的なものを2つあげます。
1.帰納的思考と演繹的思考 … 原因分析
類似の問題が頻発している時には、たくさんのデータを分析して「こういうことが起こるのは、これが原因だろう」と考える【帰納的思考】が必要です。また、仮説に基づいて「これが原因だとしたら、この場合はこうなっているはず(または、なっていないはず)」と考える【演繹的思考】も必要です。帰納的思考と演繹的思考を繰り返して原因を絞り込んでいくことが大切です。
2.ボケ・ツッコミ(奇抜さと理詰め)… 見方を変える・立場を変える
不可能だと思われるような困難な問題に直面したとき、見方を変えたり前提を変えたりすると、解決のアイディアが生まれることがあります。常識から離れて、これまでのやり方を一旦脇に置いておいて、自由な発想で考えてみましょう。成し遂げなければならないことは何か(成果目標)、何に縛られているのか・縛られないことは何か(制約条件)、現場かルールか(バランス)、改善か変革か(記事『根本・根底・根源 vs. 改善・変革・再定義』参照)などなど、集中すべきことや縛られることを変えてみることも時には必要です。物理学者が常識に縛られないように。数学者が現象に縛られないように。


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