『ソフトウェア品質シンポジウム2021』 参加報告 2021/9/12 ×××
【主催】 一般財団法人 日本科学技術連盟
(協賛)一般社団法人 日本品質管理学会
【開催日】 2021年9月9日~10日
【場所】 リモート開催
複数会場からの生配信(一部、録画配信)、チャットによる質疑。
【聴講演目】
◆特別講演「スケールフリーネットワークで起こすDX2.0とQX」
◆基調講演「脳科学から考える
やり抜ける人・逆境に強い人と、そうでない人の決定的な違いとは?
◆パネルディスカッション
「ソフトウェア危機はなぜ起こるか、私たちに求められていることは何か」
◆SQuBOK研究会報告
「STAMPS/STPAによるIoTサービスの安全性分析と全社的リスク管理の連携」
*** 以下、聴講した内容のエッセンス *** ( “##”は報告者の感想)
【特別講演】スケールフリーネットワークで起こすDX2.0とQX
東芝 執行役上席常務 島田太郎 氏
・ネットワークは「つながり」の集まり。すなわちリンクの集合体であり、その状態は
カオス(不均一、不平等)。膨大なリンクを持つ少数の結合点と、少数のリンクしか
持たない多数の結合点からなる。その分布は「べき則(y=xの-k乗)」を成す。
これを「スケールフリーネットワーク」と言う。実は、フリースケールネットワークは
人間の宿命。例えば、友達(リンク)が多い人(結合点)がいれば、少ない人もいて、
その格差は大きい。
・スケールフリーネットワークで情報が伝達するとき、最初は緩やかだが、ある水準を
超えると爆発的に広がる。いわゆる「パンデミック(爆発的拡大)」を起こす。
(新型コロナで話題になった「パンデミック」は爆発的”感染”拡大)
パンデミックが大きな利益をもたらす。例えばGAFA。彼らはシステムやコンテンツを
売って儲けているのではない。それらの「入れ物」を用意してパンデミックを起こして
儲け(広告料や使用料)につなげた。
・商売の主流が「モノ」から「コト(サービス)」へ移り、IoT(物)が、IoP(人、特に
ビッグデータ)や、IoS(サービス、システム)に変わってきている。今後の主流は、
プラットフォーム(入れ物)に変わるだろう。パンデミックを起こすプラットフォーム
を作ることがビジネスの鍵。
・DX(デジタルトランスメーション)によって様々なものがデジタル化されてきているが
単にデータ化しているだけで、どう使うかを考えていない。だからうまくいかない。
真のDXやIoTとは、仕事のやり方を変えること。ユーザー以上にユーザー業務を知って
いないとできない。また、IoTを導入することはビジネスモデルを壊すことである。
例えば、客がIoTで在庫を減らすと物を買わなくなる。IoTビジネスに参入することは、
既存のハード売りビジネスの邪魔をするということ。稼ぐ手段を変えないといけない。
・DX1.0は、多くのコンピューター内にあるデータを一か所に集めること。
DX2.0は、実世界のデータを集めて実世界にフィードバックすること(IoT, IoP, IoS)。
QXとは、量子トランスフォーメンション。これからは、電子化ではなく量子化の時代。
QXには、量子コンピュータだけでなく量子通信技術や超ビッグデータを扱うアプリも
必要。すでに一部は実用化されており多くの会社が競っている。
## ネットワーク、パンデミック、GAFA、IoT、DX、量子.. さまざまなものが
## 絡み合って、非常に興味深い講演であった。
## 大会社の経営陣らしい世界的な視野で技術とビジネスをとらえており、感銘を受けた。
## 「モノからコト、コトから入れ物」「物理機構から電子化、電子化から量子化」など、
## 技術の進歩とビジネスの変化の急激なスピードを感じた。これからのIT企業は、何を
## 収益の源泉とするか、よく考える必要がある。
## 中小企業がIoTビジネスに直接参入することはないと思うが、下請けとして関わること
## は必ずある。IoTに限らず、発注元のビジネスモデルを確認する必要があると思う。
## そうでないと、下請けを含めた関連会社総倒れのリスクがかなり高いと感じた。
## ちなみに、フリースケールとは極端な「20:80の法則」のことだと理解した。
【基調講演】脳科学から考える
やり抜ける人・逆境に強い人と、そうでない人の決定的な違いとは?
帝京大学先端総合研究機構 講師/
東京大学大学院総合文化研究科 研究員 細田千尋 氏
・期限までに仕事をやり遂げられる人と、途中で投げ出してしまう人がいる。
同じ教育を行っても、効果のある人と効果のない人がいる。
採用試験などで行われる「性格診断」はあてにならない。本当に正直に答えているか?
そもそも自己評価が正しいか? 能力の低い者ほど自信過剰。能力の高い者ほど謙遜。
このような特性を、定量的・客観的に予測できないか? そこから始まった研究。
MRIなどで脳の状態を検査・測定し、特性を持った人と持たない人の脳の状態を比較。
もともと発達障害などの診断で用いていた方法を応用。
人の選別と排除が目的ではない。効果的な指導(個別指導)を行うことが目的。
・実験した結果、途中で投げ出してしまう人は、分野に関係なく全体の5割程度存在した。
その多くは、脳の一部(将来の予測を司る部位:メタ認知)が発達していない。
このように、脳の部位の状態が能力や素質に関わることが他にもある。例えば、VRでの
教育で非常に効果をあげる人と効果がない人がいる。効果がない人は、空間認知を司る
部位が発達していない。
情報系の学生も5割はプログラミングができない。基礎知識は身に付くがオブジェクト
指向でついていけなくなる。その多くは、抽象化を司る部位が未発達。
・脳は訓練次第で変化する。例えば、途中で投げ出してしまう人は予測を司る部位が弱い
ため、思っていたような結果を出せず、嫌になって途中で投げ出してしまう。そこで、
仕事を細かく分割して指示して、都度フォローして見通しの甘さを指摘するとよい。
そうすることで、自分の見通しの甘さを小さい単位で実感して直そうとする。その結果、
小さかった部位が大きくなる。
途中で投げ出してしまいがちな人の推測も可能。何でもよいので試験を行い、採点する
前に自己評価(予測)させる。予測と実際の結果の差が大きい人は、メタ認知が弱い。
・MRIはコストが大きいので、それ以外の手段で脳の状態を把握することが今後の課題。
それが出来れば、個人の脳の状態に応じたきめ細かい指導方法を選択することができる。
## 人の能力や資質を、従来の筆記試験や面接よりも客観的に把握する方法に、とても興味
## を引かれた。ただし、それが人の選別(君はこういう人間。ここまでの人間)に使われ
## るのではないかと不安を感じた。「人の選別ではなく効果的な指導を行うことが目的」
## と言っていたが、この研究の実証方法自体が「脳の構造の違いによって人を選別する」
## ことなので。
## 確認方法はともかく、人を育てるには個別指導が重要であることは間違いないと感じた。
【パネルディスカッション】
ソフトウェア危機はなぜ起こるか、私たちに求められていることは何か
モデレーター:大場みち子 氏 公立はこだて未来大学(元日立)
パネリスト :飯泉紀子 氏 日立ハイテク
小島嘉津江 氏 富士通
誉田直美 氏 イデソン(元NEC)
森田純恵 氏 富士通ゼネラル
・<ソフトウェア危機>とは、ソフトウェア規模急増による開発破綻。1960年代から指摘。
予算超過、低品質、デスマーチプロジェクト..
原因は、ソフトウェアの複雑性(作っている物も人も)と、ソフトウェア工学の未熟さ。
ソフトウェア工学は1980年代にほぼ固まった。しかし、ソフトウェア危機はまだある。
・ソフトウェアの重要性に合わせて組織が変われることが大切。
古い考え:ソフトはおまけ。→ 今はDXの時代、新しいビジネスを作るのはソフト。
ソフトは外注すればいい。→ 買い叩き、多重下請け、売上依存。
人海戦術で何とかなる → 数百KLになると無理。
真面目な改善は面倒。お金かかるし、ヒマないし。(根本原因の放置)
日本はハード作りが得意 → 「ソフトは外注に任せればいい」という発想。→ 破綻。
特に組み込みソフト(車載機、家電など)が未成熟。計測すら出来ていない。理由は、
これまで「おまけ」だったソフトがDXによって突然主役になったため、どうすれば
よいか分からずアタフタしている。
・大手ベンダーは数十年前にその洗礼を受けて、品質文化を作り上げて危機を乗り切った。
その決め手は「トップダウン」。品質を、最重要経営課題と位置づけた。例えばNECは、
「品質10倍作戦」を掲げて、何年も事あるごとにトップが社内でそれを言い続けた。
覚悟を持ったリーダーと、「わくわくドキドキ」をメンバーが共有することが大切。
・品質文化の醸成とスピード(速さ)は両立するか? どうすれば両立できるか?
スピードは要件定義に大きく依存。要求の的確な把握と、仕様書の書き方に依存する。
開発スピードは、何と言ってもアジャイル。「なんちゃってアジャイル」ではなく、
「ちゃんとしたアジャイル」。これに、日本の品質文化を盛り込むことが重要。
ビジネスモデルとソフトウェアを一体化して考えること。
## 「古い考え」による弊害一つ一つに共感。大手ベンダーで今もデスマーチは存在する。
## 下請けソフトハウスの多重下請け構造も実際に経験した。自分の経験から思うことは、
## ①「品質文化」と言っても中身は企業毎に全く異なる。品質文化は一つではない。
## ② 大手ベンダーは下請けにも品質文化を浸透させている。逆に独立系ソフトハウスは
## 右往左往しているところが多いように思う。独立系企業が”大手”と呼ばれるか否かの
## 境目は、自社の品質文化の有無であるような気がする。
## ③昨今の「働き方改革」によって、昔のような超長時間残業は少なくなってきたよう
## に思う。その分、多重下請け構造は昔より悪化しているかも知れない。
##
## 登壇者全員が企業の女性幹部(現役および経験者)なので、議論の設定時間終了後に
## 「ぶっちゃけトーク」を開催。フレキシブルにできるのはリモートならでは。
## シンポジウムに参加しているであろう多くの女性に向けて、まだまだ男性優位の世界で
## あることと、その中で女性はどう取り組んでいくべきかを熱く語っていた。
【SQuBOK研究会報告】
STAMPS/STPAによるIoTサービスの安全性分析と全社的リスク管理の連携
日本ユニシス 沖汐大志 氏
・IoTシステムは複数システムの連携という特徴があるが、システムの相互作用によって
事故が起きると経営に影響を与える。STAMPS/STPAは、構成要素の相互作用による
事故リスク(安全性)を分析する手法であり、IoTにおける安全性にも適用できる。
これによる全社的リスク管理との連携について考察する。
・STAMPS/STPAの発想
「構成要素の故障が事故を引き起こすのではなく、構成要素間のコミュニケーション
ミスマッチが事故を引き起こす」
・全社的リスクマネジメントは、役員レベル、プロセスレベル、運用レベルの階層間の
情報のサイクリックな流れによってコントロールする。
①優先順位、予算(役員 → プロセス) ②枠組み、やり方(プロセス → 運用)
③進捗の変化報告(運用 → プロセス) ④リスクの変化報告(プロセス → 役員)
・全社リスクマネジメントは、事業の構成要素の相互作用を見て、事業の継続性を保つ
ことが目的。一面しか想定していないと、相互作用によって事業停止になることがある。
## STAMPS/STPAは、3年前にセミナーに参加して以来ずっと興味を持っていたが、
## IoTにマッチすることは本発表を聴くまで気が付かなかった。STAMPS/STPAは構成要素
## の相互作用に起因する事故を防ぐための手法であり、IoTはシステム連携(すなわち相互
## 作用)の塊である。適用できるのは当たり前であった。
## 全体最適の重要性を改めて再認識した。個々のシステムの不良を取り除く「部分最適」は
## 最低限必要だが、複数システムを組み合せたときの相互作用「全体最適」も考える必要が
## あると感じた。
◆◆ 所感 ◆◆
・毎回感じることだが、基調講演と特別講演は非常に興味深かった。超一流の講演者と、
最先端のテーマ。これを聞くだけでも、高い参加費を払う価値はあると思う。
・半面、一般発表は当たりはずれが大きい。当たり前のことから、今後のヒントになりそうな
ものまで様々。上記の講演が最先端(top of top)なのに対して、一般発表は現場での地道
な取組み。ものすごいギャップを感じるが、それがこのシンポジウムに参加する醍醐味。
・ここ数年、DXやIoTに関する内容が増えている。それを聞く度に、技術の進歩と環境の変化
の凄さを感じる。ソフトウェアに限らず、常にそれらに敏感になっていなければならない。
技術の進歩、それによる環境(特にビジネス環境)の変化、その変化にどう対応するか。
これは、企業だけでなく個人にも言えること。
以上