論破テクニックに誤魔化されるな

論破とは「論理を破ること」、すなわち相手の論理(意見や主張)を破る(成立不能な状態にする)ことです。

日本では、仏教や儒教などの宗教論争や、武将や政治家の権力争い、和歌や俳句など文芸作品の解釈論争などで繰り広げられてきたようです。私が『論破』という言葉を始めて意識したのは司馬遼太郎の三国志でした。諸葛孔明が相手の論客の主張を理詰めで封じ込める場面は痛快でした。

しかし、最近では “理詰め” が軽視されて単に「相手を言い負かして黙らせる」というニュアンスで使われることが多くなり、私は『論破』という言葉にあまり良い印象を持っていません。

『論破』が “理詰め” のニュアンスを失ったのは、1990年代にディベート教育が盛んになった頃からだと思います。
ディベートとは、特定のテーマについて肯定側・否定側に分かれて、第三者(審判や聴衆)を論理的に説得して勝敗を決める “対立構造型の議論競技” のことです。ゲーム的な感覚で論理的思考を養うことが目的であり、学校や企業で広く普及しました。しかし、やがてゲーム性ばかりが先走りして、本来の目的である “論理的思考” が忘れ去られ、「相手を言い負かす」ことだけが定着してしまったように思います。
ディベート教育は本当に役に立っているのか甚だ疑問です。ディベート教育に関する論文を読んでみましたが、”授業内での局所的な効果” はあるものの、”合意形成や協力的問題解決と相性が悪い” という弊害も取り上げられていました。
『論破』もこれと同じで、本来の “理詰め” が軽視されて「相手を言い負かす」ことだけが定着してしまっているように感じます。

日本では、古来から話し合いによって問題を解決してきました。”議論” と “説得” です。これらと “論破” の違いについて、私の認識を示します。
【議論】双方の意見の共通点や妥協できる点を探って、双方にとって良い結論を見出すこと …… 協力
【説得】論理的に働きかけたり感情に訴えることで、こちらの意見を認めてもらうこと   …… 信頼
【論破】相手の論理を打ち負かして、こちらの正当性を認めさせる。又は反論を封じること …… 敵対

組織内で人間同士の敵対関係があるとギクシャクしてパフォーマンスが下がりますね。企業活動では協力関係や信頼関係を築くことが重要であり、対立関係を生む論破は大きな害になります。これは、品質の世界においても同じです。ディベート教育によって身に付けなければならないものは〈論理的に考えて表現する力〉であって、相手を言い負かすテクニックではありません。そのことは、よく認識しておいてください。

とは言え、社会には様々な人間がおり、こちらの意見に難癖をつけて論破を仕掛けてくる人もいます。それによって、こちらに恥をかかせたり精神的にマウントを取ることを狙っているかも知れません。そんな時、アタフタしないように冷静に対処しましょう。以下、その対処のヒントです。

論破を仕掛けてくる人は、こちらの主張の論理を崩してその正当性を否定しようとします。つまり、間違いを指摘してきます。間違いとは、主に次の3つです。
 ① 前提条件 : 主張の土台。崩れると主張が成り立たなくなる条件。
 ② スコープ : 主張の適応範囲。主張が意味を成す領域。
 ③ 論理展開 : 事実確認の信憑性と、因果関係の推測の妥当性。

ですので、自分の意見を主張する際には、間違いを指摘されないようにこの3つを十分に確認して、想定される異論への反論を準備しておくことが必要です。その上で、こちらの主張が本当に間違っているのであれば素直に間違いを認めるのが良いでしょう。ただし、こちらが間違っていたとしても、相手の主張が正しいとは限りません。「やられた..」と落ち込む前に、相手の主張が正しいか冷静に確認しましょう。

そして、ここからが本題ですが、論破を仕掛けてくる人は、本当にこちらの間違いに気がついて指摘しているとは限りません。間違っていなくても、こちらに非があるようにその場を誘導したり、主導権を取ろうとしてくる場合があります。それが『論破テクニック』です。
論破系のTV番組を見ていると、各論者が様々な論破テクニックを駆使しています。例えば簡単なことでは、大きな声でハキハキと話すこともそうです。それから、議論が白熱すればするほど冷静を装い冷ややかな表情になる人もいますね。あれをもテクニックの一つです。また、反論する隙を与えないようにマシンガンのように早口でまくしたてる人もいます。そのようなことを見ていると、テクニックが見え見えでいやらしささえ感じます。

論破に慣れていない人が引っ掛かりやすい論破テクニックが、例外の誤謬を用いた詭弁です。《例外の誤謬》とは「一般論に対して “特殊な例” を持ち出して反論した気になる誤り 」のことを示す議論学の用語です。論破を仕掛けてくる人は、これを論破テクニックとして用います。つまり、相手の主張に対して特殊な例(例外)を持ち出して否定してきます。例えば、極端には次のような感じ。
Aさん「秋に実る赤い果物と言えば、やっぱりリンゴだよね」
Bさん「シナノゴールドは赤くないよ。だから秋の赤い果物はリンゴじゃない」

論破に慣れていない人、特に自分に自信がない人は、かなり引っ掛かりやすいテクニックです。
その理由は、
① 想定外に遭遇すると「私はダメな人間」と感じてしまう → 自信満々な相手に弱い
② カテゴリー分けして考えることに慣れていない  → 前提やスコープをイメージできない
③ 一般論と例外を区別して扱うことに慣れていない → 具体例に弱い

先ほどのリンゴの例で言えば、
 ・「シナノゴールド」という想定外の品種の出現によって思考が停止してしまい、
 ・「リンゴ」という一般的なスコープと例外品種の境界を捉えられなくなり、
 ・例外であるにも関わらず反論できなくなる
という構図に陥りがちです。本来であれば「私は今、一般論を話している」と言えば済むことですが、それが出来ないのです。

そうならないためには次の2つが大切です。
■知識や経験を増やす努力
想定外を少なくするために、多くの知識や経験を身に付けることです。先ほどの例で言えば、「シナノゴールド」という品種の知識があれば思考が停止することはないでしょう。
■考える訓練
物事に接したとき、常に「カテゴリー分け」と「一般論と例外の区別」を考える癖です。
[知識や経験を増やす努力]と[考える訓練]については、拙著『エンジニアを目指す人のための「品質コラム」』からの引用です。

「第六十五回 エンジニアの資質」補足ページ 

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論破テクニックのひとつとして、H氏の「それってあなたの感想ですよね」というフレーズが有名です。これは、相手の主張を主観的(=客観性に欠ける)であると位置づけて “議論の対象外” に追い込むテクニックです。ここで問題になりそうなワードは〈あなたの〉と〈感想〉ですね。

〈あなたの〉は確かに主観的です。そう言われると、客観性に欠けるこちらに非があるように受け止めてしまうかも知れません。しかし、恐れることはありません。なぜなら、このフレーズはゲームとしてのディベートにおいて相手を追い詰めるテクニックだからです。堂々と「そうです。これは私の意見です」と言えばいいのです。よほどの事がない限り、話し合いや会議は議論の場であり論破の場ではありません。異なる意見の人たちが話し合って解決策を見出す場です。個人の意見のぶつかり合いなのです。〈私の意見〉で当然なのです。

問題なのは〈感想〉です。もし自分の主張が根拠のない単なる感想や思い付きであれば指摘されても仕方ありません。ですので、主張する時には明確な根拠を示すことが必要です。根拠とは、信憑性がある事実情報と適切な分析・考察です。「それはあなたの感想ですよね」と言われたら「感想ではなく、事実に基づいて考察した結果です」と答えれば良いのです。自信がなくても構いません。まずは〈感想〉という関門を突破して議論の土俵に上がることが重要です。考察が適切か否かはその次の問題です。

逆に、相手に「あなたの主張の根拠は何ですか? 事実ベースで話してますか?」と聞いてみましょう。明確に事実ベースで話ができる人は案外少ないです。

事実ベースで話しているように見せるためのテクニックもあるので注意してください。例えば次のようことです。
(1)自分に都合が良い情報だけを見せる … 都合が悪い事実は見せない
(2)ちょっとカッコイイ言葉を使う  … 専門家であるかのように装う

【実例】ある質問・相談サイトでのやり取り
質問:「20代の若者が海外旅行に行かなくなった原因はお金が無いからだと聞きましたが、統計データを見ると平均所得は減っていません。他に原因があるのではないでしょうか?」
回答:「世の中には大勢の庶民とごく少数の大金持ちがいて、大金持ちが平均を押し上げている。平均値ではなく中央値を見なさい」

これを聞いて多くの人は「へー、そうなんだ」と納得してしまう(論破されてしまう)かも知れませんね。でも私は、少し違和感を感じて調べてみました。厚生労働省が公開している統計データの、過去30年間の20代の年収の平均値と中央値の推移です。その結果、平均値と中央値の推移に大きな違いはありませんでした。中央値は平均値の90~92%ですが、どちらも30年間に10%ほど高くなっています。見方を平均値から中央値に変えても何も分かりませんでした。
20代は他の年代に比べて大金持ちがそれほど多くないので、平均値と中央値の差は小さいのです。一般論として〈所得額や貯蓄額の統計値は平均値より中央値の方が実態を表している〉のは間違いないので、安易に『中央値』という ”ちょっとカッコいい言葉” を使ったのでしょうが、20代という特殊なスコープを考えれば、実際に確認すべきだったのでは? と感じました。

それでは「お金が無いから」は間違いかと言うと、そうとも言えません。所得が微増でもそれ以上に物価が上がっていれば実質的には所得減ですね。そこで調べてみました。物価指数を考慮した実質所得の増減を計算してみると、平均値で5.3%減、中央値で6.9%減でした。確かにお金は少なくなっていましたが、それが若者が海外旅行に行かなくなった原因であるかと言うと、微妙ですね。その説を唱えている人にぜひ根拠を聞いてみたいです。

ということで、この質問に対しては「所得が減っていなくても物価が上がっているので実質所得は減っている。お金が無いから若者が海外旅行に行かなくなったというのは有力な説である」と答えるのが正解だと思います。
自分の得意領域だからと言って安易にちょっとカッコいい言葉を使うのは慎みたいものです。これは、私自身への戒めでもあります。
 (”ちょっとカッコいい言葉”については、記事『データにだまされるな(2) 印象操作』参照)

以上、論破についての私見を述べました。
もし論破されそうになったときは、まずは落ち着いて、相手の論破テクニックを見極めましょう。特に、『例外ケースを持ち出して一般論を否定していないか』『相手の主張は事実ベースか。事実を隠したり、ねじ曲げたり、誘導したりしていないか』を確認しましょう。

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